空想不動産。 映画やアニメに出てくる物件を、現実の不動産屋が、現実の法律と実務に無理やり当てはめて売ってみるシリーズです。
第1回、ハウルの動く城。建物が歩きました。第2回、天空の城ラピュタ。今度は土地ごと飛びました。第3回、トトロの草壁家。やっと普通の中古住宅でした。
そして第4回。『風の谷のナウシカ』。 今回は「風の谷の城」を売ってみます。
城です。土地に建っています。飛びません。歩きません。所在地もたぶん固定されています。
よし。今回は普通に売れそうです。
……と思って現地調査を始めました。地下室があります。何に使っているのか聞きます。
腐海の植物を育てています。
……。
また普通じゃなかった。

- 今回の売却物件「風の谷の城」
- ナウシカ、地下室があります
- まず図面を見せてください
- 地下室が後から造られていたら?
- 地下室なので換気も気になります
- ただし、植物は地下室では毒を出していない
- 土壌調査、やりましょう
- しかも地下水を使っています
- 「地下水付き物件」として価値が跳ね上がる
- 地下室の植物は残置物なのか?
- そもそも誰が持ち出していいのか
- ナウシカの研究成果は売買対象に入るのか?
- 設備表が凄いことになる
- 重要事項説明を始めます
- この城、住宅ローンは通るのか?
- むしろ普通の個人には売らない方がいい
- でも不動産広告は作ってみたい
- 査定価格は出せるのか?
- ということで、媒介契約の前に止めます
- 結論。地下室を開けたら、城より価値がありました
- 空想不動産 #004
- 参考にした主な資料・法令
- ※この記事について
今回の売却物件「風の谷の城」
映画版『風の谷のナウシカ』では、ナウシカは風の谷の族長ジルの娘として暮らしています。今回は、その住居を含む「風の谷の城」全体を売却するという設定で考えます。
前回の草壁家と違って、今回は城。規模はかなり大きいです。居住スペース、広間、倉庫、その他の施設があると考えられます。
普通ならまず、所在地、面積、構造、築年数、接道、上下水道、権利関係を確認します。さらに城なので、修繕履歴や耐震性も相当気になります。
でも今回、そんなことより先に確認しなければならない場所があります。
地下です。
ナウシカ、地下室があります
映画の中でナウシカは、住居の地下室で腐海の植物を秘密裏に育てています。しかも単なる観葉植物ではありません。腐海から持ち帰った植物です。
あの世界では、腐海の植物は毒の瘴気を出すものとして恐れられています。しかしナウシカは、地下深くからくみ上げた清浄な水と砂で育てると、植物が瘴気を出さないことを突き止めています。
つまり地下室の用途は、かなり真面目に言えば、「腐海由来植物の実験栽培・研究施設」です。
住宅の地下室ではありません。
もう研究所です。

まず図面を見せてください
不動産屋として最初に聞きたい。「この地下室、図面に載っていますか?」
ここ重要です。秘密の地下室だからといって、即座に「違法建築」「未登記」と決めつけることはできません。ただ、現実の中古建物を売買するなら、現況と建築関係資料・登記内容が一致しているのかは確認したい。
仮にナウシカから「みんなには秘密です」なんて答えが返ってきたら、
不動産屋にだけは教えてください。
本当にお願いします。
地下室が後から造られていたら?
仮に、この地下室が城の建築当初から存在していたのではなく、後から掘って増築・改造したものだったとします。
そうなると現実の日本なら、建築関係の手続だけでなく、建物の床面積や構造など登記事項との整合も確認します。不動産登記法上も、建物の種類・構造・床面積など一定の登記事項に変更があれば、変更登記が問題になります。
つまり売主に聞きます。「この地下室、いつ造りました?」「誰が施工しました?」「図面あります?」「確認関係書類あります?」「登記面積に入っています?」
仮にナウシカから、
「自分で少しずつ……」
なんて答えが返ってきたら、
土地家屋調査士さん呼びます。
地下室なので換気も気になります
そして、この地下室。植物を育てている以上、湿度もかなり高そうです。地下室で中古物件を見る場合、まず心配するのは湿気、結露、カビ、漏水、換気。
でもナウシカの場合、さらにもう一個あります。
瘴気。
建築基準法でも居室の換気について規定があります。地下や特殊な用途の室だからといって、空気環境を無視していいという話にはなりません。
現代の研究施設として考えれば、換気設備は? 空気清浄設備は? HEPAフィルターは? と確認したくなります。少なくとも映画を見る限り、そんな現代的な設備は見当たりません。
そしてナウシカ。マスクもしていません。 この人、強いです。

ただし、植物は地下室では毒を出していない
ここが『ナウシカ』の非常に面白いところです。
ナウシカの実験では、腐海の植物そのものが最初から毒なのではなく、汚染された土や水を取り込むことで瘴気を出していると考えられています。地下室では、地下深くからくみ上げた水と清浄な砂を使っているため、植物は毒を出さない。
ということは、不動産屋としても話が変わります。最初は「地下室に危険植物あり」と思った。
でも調べていくと、「危険なのは植物ではなく、外の環境では?」という話になってくる。
これ、物件調査としては最悪です。
地下室を調べたら、世界規模の環境問題にたどり着きました。
土壌調査、やりましょう
現実の日本でも、土壌汚染は不動産売買で非常に重要な論点です。環境省も、有害物質が土壌から地下水へ溶け出し、その地下水を飲用することで健康影響につながる可能性を説明しています。
ただし、現行の土壌汚染対策法は特定有害物質などを前提とする制度です。
「腐海の毒」という項目はありません。
そりゃそうです。
ですので現実にこんな物件が出てきたら、通常の土壌汚染調査だけで終わらせず、環境行政、専門研究機関、衛生関係機関まで巻き込んだ別枠の調査が必要になるでしょう。
もう普通の土壌汚染調査会社に「12地点くらい採取お願いします」では済みません。
しかも地下水を使っています
さらに重要なのが、ナウシカが地下深くから水をくみ上げていること。つまりこの城、良質な地下水源を持っている可能性があります。
これ、物件価値としてはかなり大きい。世界中の地表が汚染され、腐海が広がっている世界で、地下深くに清浄な水がある。
普通の不動産で言えば「井戸あり」どころではありません。
人類存続レベルの水源です。
この時点で私は査定書を一旦閉じます。城の値段を計算している場合ではありません。

「地下水付き物件」として価値が跳ね上がる
通常の不動産査定なら、建物の価値、土地の価値、立地、利用価値、収益性などを見ます。でも風の谷の場合、地下に清浄な水がある。しかもその水を使うことで、腐海植物が毒を出さなくなることまで確認されている。
つまり、単なる水源ではありません。
世界の謎を解く鍵です。
こんなもの、坪単価で評価できません。
「近隣成約事例は?」ありません。「類似物件は?」ありません。「レインズは?」
人類最後の清浄地下水付き城は掲載されていません。
地下室の植物は残置物なのか?
さて、売却するなら避けて通れません。地下室に大量の植物があります。売主へ確認します。
「決済までに撤去しますか?」
仮にナウシカが「残します」と答えたとします。
普通の中古住宅なら、植木鉢や観葉植物が大量に残っていたら「残置物」として扱うこともあります。でもこれは腐海の植物です。
軽トラに積んで処分場へ持って行くわけにはいきません。
絶対にダメです。
そもそも誰が持ち出していいのか
ここも問題です。腐海由来の植物を外部へ持ち出した場合、環境条件によってどうなるのか分かりません。
買主が「この植物、珍しいので東京の自宅に持って帰ります」と言い出したら、止めます。 かなり強めに止めます。
少なくとも安全性、栽培条件、移送方法、隔離方法が分からない状態で外へ持ち出させるわけにはいきません。
売買契約の特約に、
地下研究室内の腐海由来植物については、安全性および適切な移送方法が確認されるまで、買主は本件建物外へ搬出してはならない。
くらいは書きたい。
また変な特約が増えました。
ナウシカの研究成果は売買対象に入るのか?
ここでさらに難しい問題が出ます。城を買う。地下室も買う。植物も残る。
でも、ナウシカが発見した研究成果まで買えるのか?
これは完全に別問題です。ナウシカ本人が持っている知識や研究成果は、建物の所有権とは別です。
城を買ったからといって「腐海の秘密も全部教えてください」とは当然言えません。
不動産屋としては、「研究資料は売買対象に含まれますか?」まで確認する必要があります。
設備表が凄いことになる
普通の中古住宅なら、設備表にはキッチン、給湯器、トイレ、エアコンなどを書きます。
風の谷の城。
地下研究室:あり
地下水汲上設備:あり
植物栽培設備:あり
腐海由来植物:多数
瘴気:現在確認されず
土壌:清浄砂を使用
研究資料:要確認
換気設備:要調査
最後の方、住宅設備表ではありません。
重要事項説明を始めます
それでは買主さん。重要事項説明を始めます。
「本物件には地下室があります」――はい。
「地下室は植物栽培・研究用途として使用されています」――はい。
「栽培されている植物は腐海由来です」――……はい。
「現在、地下室内では瘴気は確認されていません」――はい。
「ただし栽培環境が変化した場合の安全性については保証できません」――……。
「地下深部から清浄な水をくみ上げています」――はい。
「なお、周辺環境の土壌・地下水については、腐海との関係を含め別途調査が必要です」
買主。
「ちょっと家族と相談します。」
最近こればっかりです。
この城、住宅ローンは通るのか?
ハウルよりはマシです。歩きません。ラピュタよりもマシです。飛びません。銀行も、最初は話を聞いてくれると思います。
銀行「用途は住宅ですか?」
「城です」
銀行「地下室は?」
「研究施設です」
銀行「何の研究ですか?」
「腐海です」
銀行「腐海?」
「世界を覆っている毒の森です」
……。
また審査担当者が止まります。
むしろ普通の個人には売らない方がいい
ここまで考えると、この物件は普通のエンドユーザー向け中古住宅として売るべきではないと思います。
地下研究施設、清浄な地下水、腐海由来植物、研究成果。価値が特殊すぎます。
買主候補は、一般家庭よりも研究機関、大学、公的機関、環境研究組織など。
つまり、SUUMOより研究機関へ持ち込みます。
アットホームにも一応載せてみたいですけど。
でも不動産広告は作ってみたい
物件名:風の谷の城
価格:応相談
所在地:風の谷
種別:城郭・居宅・研究施設
構造:要調査
地下室:あり
地下水:あり
設備:地下研究室・植物栽培設備
残置物:腐海由来植物多数
備考:地下室の植物は現在瘴気なし
キャッチコピーは、
「世界の秘密は、地下にある。」
これでいきます。
査定価格は出せるのか?
正直、出せません。
城そのものについては再調達原価や土地利用価値などから考えることはできるでしょう。でも清浄な地下水と、腐海の仕組みを解明する可能性のある研究施設まで含めると、普通の不動産査定の範囲を完全に超えています。
トトロの草壁家は「世界に一つ」という希少性がありました。
ナウシカの城は違います。
人類に一つかもしれない。
価格より先に、保存すべき物件です。
ということで、媒介契約の前に止めます
売主から「売りたい」と言われても、私はすぐには媒介契約を取りません。
まず、建物調査。地下室の図面確認。登記との整合。地下水調査。土壌調査。植物の安全性調査。研究資料の整理。そして必要なら、環境行政、建築行政、法務局、研究機関などへ相談します。
ここまで終わって初めて、
「で、誰に売ります?」
です。
結論。地下室を開けたら、城より価値がありました
今回の空想不動産。最初は「風の谷のお城を売ってみよう」という、ごく普通の話でした。
城なので少し大きい。でも土地に建っている。動かない。飛ばない。
やっと普通。
ところが地下室を開けたら、腐海の植物がありました。さらに調べたら清浄な地下水があり、その水と砂で育てると植物が毒を出さない。
最終的に分かったこと。
この城、地上より地下の方が価値があります。
正確には、地下室そのものではありません。清浄な地下水、腐海の植物を無毒な状態で育てられる環境、そしてナウシカがそこから得た研究成果。
もう不動産価格の問題ではありません。
人類の未来が地下にあります。
なので査定書の価格欄には、「応相談」と書いておきます。そして備考欄。
「腐海あり。ただし現在無毒。」
こんな物件資料、一度でいいから作ってみたい。
空想不動産 #004
ハウルは建物が動きました。ラピュタは土地が動きました。トトロは、やっと普通に売れました。
そしてナウシカ。地下室を開けたら世界の謎が出てきました。
不動産屋として一つだけ言えることがあります。中古物件を買う時は、地下室までちゃんと見ましょう。
たまに、とんでもないものがあります。
参考にした主な資料・法令
※この記事について
本記事は、映画『風の谷のナウシカ』に登場する住居・地下室等が現実の日本に存在した場合を想定した「空想不動産」としての考察記事です。
映画ではナウシカが住居の地下室で腐海の植物を育て、地下深くからくみ上げた水と砂で栽培すると植物が瘴気を出さないことを突き止めています。本記事では、この地下室が「風の谷の城」の地下部分に存在すると仮定して、不動産実務上の思考実験を行っています。
記事内の地下室の登記状況、建築手続、査定、売買方法、買主像等は架空の設定です。また、現行の土壌汚染対策法等が「腐海」やその植物へ直接適用されるという趣旨ではありません。
実際の中古不動産に地下室、未確認の増改築、土壌・地下水の問題等がある場合は、行政機関、土地家屋調査士、建築士、環境調査機関等へ個別にご確認ください。
なお、王蟲は売買対象に含みません。


