空想不動産。 映画やアニメに登場する物件を、現実の不動産屋が、現実の法律と実務に無理やり当てはめて売ってみるシリーズです。
ハウルの動く城では建物が歩きました。ラピュタでは土地が飛びました。油屋では会社を買う話になり、タタラ場では工場を査定しようとしたら、人間の欲と業まで考えることになりました。
そして第9回。
今回は、少し特別です。
物件が、本当にあります。
徳島県小松島市にある、金長神社。
『平成狸合戦ぽんぽこ』にもゆかりのある神社です。しかも、この神社は本当に取り壊しの危機に遭い、地元の人たちを中心とした活動によって、その危機を乗り越えました。
今回は、この金長神社を不動産屋として査定します。
ただし。
たぶん最後は「売らない方がいい」という結論になります。
- 『平成狸合戦ぽんぽこ』金長神社を査定する。これは本当に売っていい物件ですか?
- そもそも金長神社とは?
- 金長神社と映画の、不思議な縁
- 『平成狸合戦ぽんぽこ』と徳島
- ところが現実で「ぽんぽこ」が始まります
- でも現実では、人間が狸の場所を守りました
- 2021年、解体方針は撤回されます
- しかも「残す」と決まって終わりではありません
- では、不動産屋として査定します
- まず、所有者を確認します
- そもそも、比較する物件がありません
- 重要事項説明をします
- 建物の値段と、「金長神社の値段」は違います
- 不動産は普通、古くなると安くなります
- 1万186人が「買いたい」と言ったわけではありません
- 買主をご案内します
- 建物を壊すのは早い。でも時間は建て直せません
- そして、これは徳島で起きた話です
- 今回の査定結果
- この神社を守った人たちへ
- 映画では狸が人間と戦いました
- 結論。金長神社はいくらですか?
- 空想不動産 #009
『平成狸合戦ぽんぽこ』金長神社を査定する。これは本当に売っていい物件ですか?
金長神社は、徳島県小松島市中田町にあります。筆者が暮らす徳島県で起きた、本当の物語です。
そして当ブログ「そらいろ百貨店」でも、以前実際に現地へ足を運び、金長神社を特集しました。その時は『平成狸合戦ぽんぽこ』の聖地として、そして阿波狸合戦の金長狸を祀る場所として、境内を歩きながら記事を書いています。
今回は同じ場所を、少し違う角度から見ます。
土地。建物。修繕。維持管理。そして文化的価値。
「この神社には、いくらの価値があるのか?」
を考えます。
そもそも金長神社とは?
金長神社に祀られているのは、徳島に伝わる「阿波狸合戦」で知られる金長狸です。
金長は、人から受けた恩を忘れず、仲間のために戦った狸として語り継がれてきました。そして死後、金長大明神として祀られるようになります。
商売繁盛や開運の神様として親しまれ、小松島の狸文化を象徴する存在になりました。
実際に境内へ行くと、狸がいます。
大きい狸。小さい狸。陶器の狸。
狸。
狸。
狸。
安心してください。ちゃんと狸の聖地です。

金長神社と映画の、不思議な縁
金長神社は、映画と非常に深い縁を持っています。
1939年には、新興キネマによる映画『阿波狸合戦』が公開されました。この作品のヒットを背景に、映画会社側からの寄付などもあり、金長狸を祀る神社が建立されます。

現在の金長神社は1956年に建立されたとされています。
つまり、少し乱暴に言えば、
映画に愛された狸が、神社になった。

そして何十年後、その金長狸は再び映画の中に登場します。
高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』です。
『平成狸合戦ぽんぽこ』と徳島
『平成狸合戦ぽんぽこ』の主な舞台は、多摩丘陵。宅地開発によって住処を失っていく狸たちが、人間の開発に抵抗する物語です。
その中で、四国の狸たちも登場します。
屋島の禿。
松山の隠神刑部。
そして、
阿波の金長狸。
高畑勲監督は小松島を訪れ、金長神社で映画のヒット祈願も行っています。
つまり金長神社は、後から観光用に「聖地」と呼ばれるようになっただけの場所ではありません。
作品の背景にある徳島の狸文化と、実際につながっている場所です。

ところが現実で「ぽんぽこ」が始まります
2010年代後半、金長神社がある日峯大神子広域公園で再整備計画が進みました。
老朽化した施設を見直し、防災機能などを持つ公園へ再整備する。計画そのものには理由があります。
ただ、その過程で、
金長神社が取り壊される可能性が出てきました。
……。
ここで一度、『平成狸合戦ぽんぽこ』を思い出してください。
開発によって住処を追われる狸たちの映画です。
その映画にゆかりのある狸の神社が、
現実世界で再整備によって消えそうになる。
こんな皮肉がありますか。
まるで映画の続編が、徳島で始まったような話です。
でも現実では、人間が狸の場所を守りました
映画の中では、狸たち自身が人間の開発と戦います。
化ける。驚かせる。作戦を立てる。
でも現実の狸は、署名を集めることができません。行政と話し合うこともできません。
だから、
人間が動きました。
地元有志による「金長神社を守る会」が活動を始め、神社の清掃、情報発信、署名活動、イベントなどを続けます。
そして2018年、金長神社の存続を求める署名は、国内外から1万186筆集まりました。
徳島県小松島市にある、小さな神社です。
そこへ、日本中、さらに海外からも、
「残してほしい」
という声が届いた。
これは、もの凄いことです。
2021年、解体方針は撤回されます
そして2021年。小松島市は、金長神社を現在地で保存する方針を示しました。
本当に残ったんです。
声を上げた人がいた。署名を集めた人がいた。掃除を続けた人がいた。行政と何度も話した人がいた。遠くから署名した人もいた。
そして、その声を受け止め、計画を見直した人たちもいました。
私は、この神社を守った人たちを本当に称えたいです。
歴史的な建物について、外から「残せばいいのに」と言うのは簡単です。でも実際に残すには、時間も、お金も、労力も必要です。
誰かが動かなければ、建物は残りません。
一度「なくなる方向」に進んだ建物を、本当に残した。
これは簡単にできることではありません。
しかも「残す」と決まって終わりではありません
金長神社には、もう一つ大きな問題がありました。
老朽化です。
1956年建立。長い年月の中で、社殿は傷んでいました。
保存が決まった。
よかった。
……。
では終わりません。
建物は、残すと決めてからがお金がかかります。
修繕には1,000万円を超える規模の費用が必要となり、寄付、地域企業の支援、クラウドファンディングなどによって資金が集められました。その後、拝殿や本殿の修繕も進められています。
守った。
そして直した。
ここまでやって、初めて「残した」と言えるのだと思います。
では、不動産屋として査定します
さて。
感動してばかりもいられません。
空想不動産です。
金長神社を査定します。
査定確認事項
所在地:徳島県小松島市中田町
土地所有関係:要確認
建物所有関係:要確認
敷地面積:要確認
建物面積:要確認
建立:1956年
現況:神社として利用
修繕履歴:大規模修繕あり
周辺:日峯大神子広域公園
用途:宗教・文化施設
市場流通性:極めて特殊
……。
普通の査定ソフトでは無理ですね。
まず、所有者を確認します
不動産売買ですから、最初はやっぱりここです。
「この神社、誰のものですか?」
土地所有者。
建物所有者。
管理主体。
権利関係。
全部確認します。
ただし、もう一人。
金長さん本人の意向。
これが分かりません。
売却について、どう思っているのでしょう。
……。
一度、夢枕に立ってもらえませんか。

そもそも、比較する物件がありません
住宅なら成約事例があります。同じ地域、同じくらいの面積、同じ築年数。そのあたりから価格を比較できます。
でも金長神社の場合。
「近隣の金長神社成約事例」
はありません。
REINSを検索しても出てきません。
当然です。
ですので今回は、無理に市場価格を作りません。
分からないものを、分かったふりをして数字にする方が不動産屋としておかしい。
重要事項説明をします
通常なら、土地、建物、道路、法令制限、設備、境界。
そのあたりを説明します。
でも今回は念のため、最後に一つ。
「本物件には、たぬきにまつわる伝承があります。」
買主「化けます?」
私「そこまでは確認できていません。」
買主「確認できていない?」
「現地調査では、人間の姿しか見ていません。」
建物の値段と、「金長神社の値段」は違います
同じ規模の社殿を今建てた場合の建築費。修繕費。土地価格。
それらは条件が揃えば計算できます。
では仮に、隣にまったく同じ形の神社を新築したとします。
屋根も同じ。
柱も同じ。
寸法も同じ。
ピカピカです。
でも。
金長さん、そっちに引っ越してくれます?
そこなんです。
同じ形の建物を建てても、1956年から積み重なった時間までは再建できません。
阿波狸合戦。金長狸。映画『阿波狸合戦』。高畑勲監督。『平成狸合戦ぽんぽこ』。地元の記憶。そして、この神社を守った人たち。
これは建物価格というより、時間の価値です。
不動産は普通、古くなると安くなります
築10年。築30年。築50年。
通常の建物は古くなるほど、設備が傷み、修繕費も増えます。査定ではマイナスになることが多い。
でも歴史や文化を持つ建物では、逆のことが起こります。
古いから価値がないのではなく、古いから残したい。
不動産査定の常識が反転します。
1万186人が「買いたい」と言ったわけではありません
ここが今回、一番面白いところです。
不動産価格は、基本的には需要と供給で決まります。欲しい人が多ければ、価格は上がります。
でも金長神社に集まった1万186筆は、
「買いたい」
という需要ではありません。
「そこに残っていてほしい」
という需要です。
所有したいわけではない。
毎日使いたいわけでもない。
でも、なくなってほしくない。
「存在してほしい」という需要。
こんな需要は、普通の不動産査定書には出てきません。
でも、もの凄く強い価値だと思います。
買主をご案内します
一応、売却物件として内見してみましょう。
買主「静かな場所ですね」
私「はい」
買主「近隣トラブルは?」
私「特に聞いていません」
買主「ペット可ですか?」
……。
「たぬきは、すでにいます。」
買主「……。」
私「しかも結構います。」
買主。
「ちょっと家族と相談します。」
出ました。
建物を壊すのは早い。でも時間は建て直せません
もし誰も動かなかったら、金長神社は今どうなっていたでしょう。
新しい公園になっていたかもしれません。防災機能も高くなっていたかもしれません。それ自体は大切です。
でも、
「昔ここに金長神社という神社がありました」
という看板だけになっていた可能性もあります。
写真は残せます。映像も残せます。記録も残せます。
でも。
一度壊した建物は、同じ時間を持って戻ってくることはできません。
重機で壊すのは早い。
でも70年の時間を作るには、70年かかります。
時間だけは、建て直せません。

そして、これは徳島で起きた話です
今回の記事がいつもの「空想不動産」と少し違うのは、ここです。
遠い街の話ではありません。
筆者が暮らす徳島県。
小松島市。
実際に車で行ける場所です。
当ブログ「そらいろ百貨店」でも現地へ行き、写真を撮り、金長神社について特集しました。
だから今回、査定をしながら一番強く思うことは、もの凄く単純です。
残っていて、本当によかった。

今回の査定結果
いつもなら、ここで金額を出します。
でも今回は、具体的な市場価格を出しません。
土地面積、所有関係、建物規模など、通常の査定に必要な条件が揃っていないことも理由です。
そして何より、金長神社は市場価格だけで評価することに意味がないと考えるからです。
空想不動産 査定結果
市場価格:算定保留
再調達価格:要建築見積
収益価格:通常査定になじまず
地域文化的価値:極めて高い
観光的価値:高い
『平成狸合戦ぽんぽこ』との物語的価値:査定不能
存在してほしい需要:非常に高い
金長さん本人の意向:未確認
売却推奨:しません。
不動産屋としては、
自分で仲介手数料を消しました。
でも、まあいいです。
この神社を守った人たちへ
今回の記事で、査定価格より大切なのはここです。
最初に声を上げた人。署名を集めた人。清掃を続けた人。行政と話し合った人。ネットで情報を広げた人。署名した人。寄付した人。クラウドファンディングに参加した人。修繕に関わった人。
そして、その声を受け止め、保存への道を探った行政関係者。
一つの建物を残すために、大勢の人が動きました。
一度「なくなるかもしれない」ところまで行った建物を、本当に残した。
私は、この人たちに最大限の敬意を払いたいと思います。
金長神社を残してくれて、ありがとうございます。
徳島に暮らす一人として。
そして『平成狸合戦ぽんぽこ』を好きな一人として。
心からそう思います。

映画では狸が人間と戦いました
『平成狸合戦ぽんぽこ』では、狸たちが人間の開発に抵抗します。
でも現実の小松島では、
人間が、狸の場所を守りました。
妖怪大作戦はありませんでした。
幻術もありません。
百鬼夜行もありません。
現実で必要だったのは、署名、話し合い、掃除、寄付、そして長い時間でした。
映画よりずっと地味です。
でも。
現実の方が、少し格好いい。
結論。金長神社はいくらですか?
分かりません。
不動産屋なのに、すみません。
土地価格なら、条件が揃えば出せます。建物の再調達価格も考えられます。修繕費も計算できます。
でも。
阿波狸合戦の記憶。
金長狸の物語。
小松島で過ごしてきた時間。
高畑勲監督が訪れたこと。
『平成狸合戦ぽんぽこ』とのつながり。
1万186筆の署名。
守った人たちの時間。
それを坪単価にはできません。


空想不動産 #009
これまで、架空の建物に値段を付けてきました。
歩く城。空飛ぶ城。巨大な油屋。製鉄工場。
でも今回は、本当にある建物でした。
本当に消えそうになり。
そして、
本当に残した人たちがいた。
不動産の価値とは何でしょう。
売れる金額。収益。坪単価。再調達価格。
もちろん、それも価値です。
でも。
「なくなってほしくない」と誰かに思われることも、建物の価値なのかもしれません。
しかもそれは、お金を払えば簡単に作れる価値ではありません。
だから今回の査定書。
最後に一行だけ書いておきます。
査定所見:
本物件には、市場価格だけでは表現できない地域文化・歴史・記憶が蓄積されています。
売却はおすすめしません。
そして、この建物を今日まで残したすべての人に、最大限の敬意を表します。
金長さん。
これからも、小松島にいてください。
今度は、もう追い出されませんように。
参考にした主な資料
※この記事について
本記事は、徳島県小松島市に実在する金長神社を、不動産査定という視点から考える「空想不動産」シリーズの記事です。
金長神社は実在する宗教・文化施設であり、本記事は実際の売却を前提とした査定書ではありません。土地・建物の所有関係、面積、権利関係など、実際の不動産査定に必要な全資料を確認しているものではないため、具体的な市場価格は算定していません。
また、本記事では金長神社の保存に尽力した地域住民、関係団体、支援者、寄付者、行政関係者その他すべての方々へ敬意を表します。
なお、金長狸は売買対象に含みません。

