【空想不動産 #006】グーチョキパン店を売りたい。キキから家賃は取っていますか?

空想不動産

空想不動産。 映画やアニメに登場する物件を、現実の不動産屋が、現実の法律と実務に無理やり当てはめて売ってみるシリーズです。

第1回、ハウルの動く城。建物が歩きました。第2回、天空の城ラピュタ。土地ごと飛びました。第3回、トトロの草壁家。本気で住宅査定。第4回、ナウシカの城。地下室を開けたら世界の謎がありました。第5回、千と千尋の油屋。建物を売るつもりが、会社ごと買う話になりました。

そして第6回。『魔女の宅急便』のグーチョキパン店。

今回はいいですよ。町のパン屋さんです。土地があります。建物があります。1階でパンを売っています。上には住居があります。

歩きません。飛びません。

飛ぶのは入居者だけです。

ようやく普通の店舗併用住宅です。

そこで、おソノさんに一つ確認します。

「ところで、キキから家賃はいくら取っていますか?」

……。

取ってません。

え? 今回、収益物件の話ですよね?

グーチョキパン店


今回売るのは「グーチョキパン店」

『魔女の宅急便』で、コリコの町にやってきたキキが暮らすことになるのが、グーチョキパン店です。

パン職人のフクオさんがパンを焼き、おソノさんが店を切り盛りしています。そして店の裏手から上がったところに、キキとジジが暮らす屋根裏部屋があります。

実際、ジブリパークの「魔女の谷」に造られたグーチョキパン屋も、1階がパン屋で、裏庭からキキとジジの屋根裏部屋へ上がれる構成になっています。

不動産屋として見ると、かなり面白い。店舗+住居+空き部屋。 つまり、ざっくり言えば店舗併用住宅として考えられます。

こういうの、やっと得意分野です。


まず、建物の中身を整理します

グーチョキパン店を現実の日本にある物件として考えるなら、まず建物用途を整理します。

1階にはパンの製造・販売スペース。おソノさん夫妻の生活部分。そしてキキが暮らす屋根裏部屋。一つの建物の中に「商売をする場所」と「住む場所」が同居しています。

日本でも店舗併用住宅自体は珍しくありません。住宅部分と店舗部分の面積、構造、用途、設備などを図面と現況で確認します。

「店舗部分は何㎡です?」
「住居部分は?」
「屋根裏部屋は登記床面積に入ってます?」
「パン工房の換気設備は?」
「給排水は?」
「増改築しています?」

……。

前回が湯婆婆だったので、おソノさんと普通に話ができるだけで安心します。


パン屋なので、建物だけ見てもダメです

もちろんグーチョキパン店の価値は、土地と建物だけでは決まりません。パンを焼くオーブン、作業台、陳列棚、厨房設備、什器、商品在庫。そして長年積み上げた店の評判。

さらにフクオさんのパン作りの技術があります。

ここは油屋と同じです。不動産を買っただけでは、同じ商売はできません。

フクオさんが翌日からいなくなったら、立派なパン工房だけ残ります。

買主「レシピは?」
「別です」

買主「店名は使える?」
「確認します」

買主「フクオさんは残ります?」
「本人に聞きます」

また事業承継の話になってきました。


でも今回は「パン屋の売上」だけではありません

グーチョキパン店には、もう一つ事業があります。

魔女の宅急便。

キキは空を飛べるという自分の特技を使って、配達の仕事を始めます。そしてグーチョキパン店が、その仕事の受付場所になります。

店先にはキキをデザインした「お届け物いたします」の看板まで登場します。

つまり、この建物はパン屋+宅配事業の営業拠点になっています。

なかなか収益力があります。

ただし、ここで非常に重要な問題があります。

宅急便の売上は誰の売上ですか?


キキの宅急便売上は、グーチョキパン店の売上ではない

ここは分けて考えたい。

キキが自分の能力を使って行う配達業ですから、少なくとも空想不動産としては、パン屋の売上とは別の事業として整理するのが自然です。

つまり買主がグーチョキパン店を買ったからといって、キキの売上まで付いてくるわけではありません。

当たり前です。

キキがほうきに乗って別の町へ引っ越したら、宅急便事業も一緒に出ていきます。建物についている設備ではありません。

……。

カルシファーと釜爺で学びました。

人を設備扱いしない。

空想不動産も第6回になると成長します。


では、おソノさん。キキから家賃はいくら取っていますか?

さて、本題です。キキはグーチョキパン店の空き部屋で暮らしています。

普通の不動産屋なら聞きます。「賃料はいくらですか?」

月5万円? 7万円? 敷金は? 共益費は? 水道代は? ジジがいるのでペット飼育特約は?

……。

ところが映画では、おソノさんはキキに店番を手伝ってもらう代わりに、部屋代と電話代を取らず、朝ごはんまで付けています。

家賃0円。電話代0円。朝食付き。

……。

おソノさん、貸主として優しすぎます。


では「使用貸借」なのか?

ここは少し真面目に考えます。

日本の民法には、無償で物を使用させる「使用貸借」という契約があります。一方、賃料を支払って使用する関係が「賃貸借」です。

ただしキキの場合、単純に「無料で部屋を借りている」と言い切るのも少し違います。なぜなら、キキは店番を手伝っています。

部屋代・電話代を取らない代わりに店を手伝うという関係なら、純粋な無償使用とは言い切れず、居住と労務が組み合わさった特殊な合意として、その実態を確認したいところです。

不動産屋としては、

「契約書あります?」
おソノさん「ないよ」

……。

ですよね。

でも二人の関係を見ていると、なんとなくそれで成立している。そこがまた、この物件の難しいところです。


ところでキキは13歳です

さらに忘れてはいけません。映画のキキは13歳です。

現実の日本へそのまま持ってくるなら、未成年者との契約という別の問題まで出てきます。法定代理人との関係なども含めて、現代日本の契約実務ではそのままにはできません。

でも、おソノさん。そんなことを何一つ聞いていません。

保証会社? ――ありません。
緊急連絡先? ――聞いてません。
所得証明? ――ありません。
勤務先? ――これから作ります。

賃貸管理会社だったら審査画面から先へ進めません。


しかも猫がいます

そして、ジジ。現代の賃貸募集なら確認します。

「ペット可ですか?」

黒猫1匹。
体重小型。
室内飼育。
壁紙を引っかく可能性あり。
人語を話す。

……。

最後の項目は申込書にありません。

とはいえ、おソノさんはジジも含めて受け入れています。

キキ一人ではなく、キキとジジ。

最初から二人分の居場所です。


では収益物件として見ると、この部屋は「空室損」なのか?

ここからが不動産屋として面白いところです。

仮にキキの部屋を普通に第三者へ貸せば、毎月家賃が入るとします。でもおソノさんは、その部屋をキキに使わせています。

現金賃料だけを見るなら、家賃収入0円。

収益物件の査定だけ考えると、「もったいないですね。この部屋、普通に貸したら家賃取れますよ」と言いたくなる。

でも、本当にそうでしょうか。

キキが店番をしてくれます。電話を宅急便の受付に使います。新しいお客さんが店を訪れるきっかけになります。

そして何より、グーチョキパン店には「空を飛ぶ魔女がいるパン屋」という、とんでもない付加価値が生まれています。

家賃収入は0円。

でも経済的な価値まで0円とは限りません。


「魔女の宅急便受付店」は強すぎる

想像してみてください。

町に普通のパン屋が20軒ある。そのうち1軒だけ、ほうきで荷物を届けてくれる魔女がいます。

どこに行きます?

私は行きます。パンも買います。ジジも見たい。おソノさんとも話したい。

つまりキキの存在は、家賃収入とは別の形で、グーチョキパン店の集客やブランドに影響している可能性があります。

これ、現代風に言えば異業種コラボです。

パン屋×宅配。

しかも配達員が魔女。

マーケティング担当者なら絶対に手放したくない。


ただし、それを査定価格に全部乗せてはいけない

ここは油屋のカオナシ売上と同じです。

キキは不動産の付属物ではありません。グーチョキパン店を買ったからといって、キキがずっと住み続け、ずっと宅急便を続けてくれる保証はありません。

だから、「魔女がいるから物件価格2倍!」とはできません。

買主「現在、キキさんが入居しているんですよね?」
「はい」

買主「宅配事業も?」
「営業中です」

買主「今後も継続する保証は?」
「ありません」

……。

魔女退去リスクです。

初めて聞きました。


キキが退去したらどうなる?

では、キキが修行を終えて出ていった場合を考えます。

屋根裏部屋が空きます。宅急便の受付がなくなります。看板も役目を終えるかもしれません。

その場合、この部屋を普通の賃貸住宅として貸す方法もあります。

でも私は、買主に少し考えてほしい。

そこ、本当に普通に貸しますか?

「キキが暮らした屋根裏部屋」です。窓があります。小さなベッドがあります。そこで13歳の女の子が、一人で知らない町に来て生活を始めました。

普通の賃料査定だけで片付けるには、少し惜しい。


グーチョキパン店はいくらで売る?

では査定です。

本来であれば所在地、土地面積、建物面積、築年数、構造、道路、用途地域などが必要です。

しかし舞台となるコリコは架空の町です。スタジオジブリは『魔女の宅急便』について、スウェーデンのストックホルムやゴットランド島ヴィスビーなどを大いに参考にしたとしていますが、現実の特定の一地点が舞台というわけではありません。

したがって今回は、無理に「○億円」と付けません。

査定方法としては、少なくとも次の3つに分けて考えます。

① 土地・建物としての価値
店舗併用住宅として、立地・規模・構造・築年数などから評価。

② パン屋としての事業価値
売上、利益、設備、顧客、屋号、フクオさんの技術、営業実績など。

③ グーチョキパン店というブランド価値
町に根付いた店としての知名度。そして魔女の宅急便の受付拠点という希少性。

やっぱり今回も、建物だけ査定して終わりではありません。


収益物件としては、家賃を取った方がいいのか?

数字だけで考えれば、取った方がいい。

空いている部屋を貸して、毎月賃料を受け取る。収益不動産なら、ごく普通の考え方です。

例えば家賃5万円なら年間60万円。10年間で600万円。

不動産屋としては簡単です。

「おソノさん、この部屋、ちゃんと家賃取りましょう。」

そう言えばいい。

……。

でも、映画を最後まで観たあとでは、

私はたぶん言いません。


なぜ、おソノさんはあの部屋を貸したのか

おソノさんは、最初から事業計画を立ててキキを入居させたわけではありません。利回りを計算したわけでもない。空室対策でもありません。

見知らぬ町にやってきた13歳の女の子が、泊まる場所もなく困っていた。

だから、空いている部屋を使わせた。

ただそれだけです。

そこからキキは店番をして、パン屋の電話を借りて、自分で仕事を始めます。初めての配達に失敗しそうになります。雨に濡れます。風邪もひきます。飛べなくもなります。

それでも、この町で暮らしていきます。

その帰る場所が、グーチョキパン店の屋根裏部屋でした。


収益計算すると「0円」なのに

査定書を作ってみます。

キキ居室 賃料:0円
電話使用料:0円
朝食:付き
店番:あり
宅急便受付:あり
黒猫:1匹
空を飛ぶ入居者:1名

数字だけ見ると、変な契約です。貸主から見れば、家賃は入ってきません。

でも、この部屋から一つの仕事が生まれました。

一人の女の子が、自分で稼げるようになりました。町の人と知り合いました。友達ができました。

そして少しずつ、この町が自分の町になっていきました。


不動産屋なので、家賃は大事です

もちろん現実の話をすれば、家賃は大事です。家主にも生活があります。ローンがあります。固定資産税があります。修繕費があります。

「困っている人には全員無料で貸しましょう」なんて話ではありません。そんなことをしたら賃貸経営は続きません。

でも、不動産を長くやっていると、ときどき思います。

部屋の価値って、家賃だけなんだろうか。

6畳なら○万円。駅徒歩10分なら○万円。築30年だから○万円。

もちろん、それが査定です。

でも、その部屋で誰が暮らして、何を始めて、誰と出会うかまでは、査定書には書いてありません。


おソノさんが貸したのは「空き部屋」でした

たぶん、おソノさんにとって最初は本当にそれだけだったと思います。

使っていない部屋が一つあった。

そこへ、知らない町で立ち尽くしていた女の子がやってきた。だから貸した。

でもキキにとっては違います。

そこは、初めて親元を離れて暮らした部屋。初めて自分で仕事を始めた場所。失敗して帰ってきた場所。泣きたい日にも帰ってきた場所。

そしてもう一度、空を飛ぼうと思えた場所です。

不動産屋の査定書なら、「屋根裏・一室」で終わります。

でも人が住むと、部屋はそれだけじゃなくなる。


結論。キキから家賃は取っていますか?

今回の記事タイトルの答えです。

現金の家賃は、取っていません。

店番をする代わりに部屋代と電話代はなし。朝食まで付いています。収益物件として見れば、不思議な条件です。

でも私は、グーチョキパン店を査定したあと、おソノさんにこう言うと思います。

「あの屋根裏部屋なんですけど……」
おソノさん「なに?」
「家賃、取ってないんですよね?」
「そうだよ」

……。

「じゃあ、そのままでいいと思います。」

不動産屋として、かなり変な回答です。

でも、たぶんそれでいい。


家賃0円の部屋が、一番大きなものを生んだ

グーチョキパン店には、パンを焼く場所があります。パンを売る場所があります。家族が暮らす場所があります。

そして、使っていなかった小さな屋根裏部屋がありました。

その部屋から家賃収入は生まれませんでした。

代わりに、

「魔女の宅急便」が生まれました。

あの小さな部屋がなかったら、キキは別の町へ行っていたかもしれません。あのお店の電話がなかったら、最初の仕事は来なかったかもしれません。

おソノさんが「使っていいよ」と言わなかったら、キキにとってコリコは、ただ通り過ぎた町だったかもしれない。

不動産には、ときどき、家賃では測れない収益があります。

それはお金ではなく、そこで始まった暮らしだったり、仕事だったり、人とのつながりだったりします。

グーチョキパン店の屋根裏部屋。

収益物件として査定すると、賃料0円。

でも、あの部屋から生まれたものまで0円ではありません。


空想不動産 #006

ハウルでは建物が歩きました。ラピュタでは土地が飛びました。トトロでは家を査定しました。ナウシカでは地下室を調査しました。油屋では会社を買う話になりました。

そしてグーチョキパン店。

家賃を調べたら、0円でした。

なのに、今回が一番「不動産」らしい気がします。

人が家を借りるのは、部屋が欲しいからだけではありません。

そこで、新しい暮らしを始めるためです。

キキが初めてコリコの町へ来た夜。まだ仕事もない。友達もいない。自分がこの町でやっていけるのかも分からない。

そんな13歳の女の子に、おソノさんは空いていた部屋を貸しました。

それだけ。

でも、そこから物語が始まった。

不動産屋として最後に一つ。

いい部屋というのは、高く貸せる部屋だけじゃないのかもしれません。

誰かがそこから、ちゃんと飛び立てる部屋。

そういう部屋も、

たぶん、いい不動産です。


参考にした主な資料・法令


※この記事について

本記事は、映画『魔女の宅急便』に登場する架空のパン屋「グーチョキパン店」が現実に存在し、日本の不動産・契約・事業実務に当てはめた場合を想定した「空想不動産」としての考察記事です。

映画では、キキがおソノさんの厚意で空き部屋を使わせてもらい、店番を手伝うことで部屋代・電話代なし、朝食付きという関係が描かれています。本記事では、この関係を現代日本の契約実務へそのまま断定的に分類するのではなく、居住提供と店の手伝い等が組み合わさった特殊な合意として考察しています。

また、グーチョキパン店の所在地、土地・建物面積、築年数、構造、登記内容、収益、査定価格等は作品上明らかでないため、本記事では具体的な売買価格や利回りを設定していません。

現実の店舗併用住宅、使用貸借、賃貸借、事業用物件等の売買・賃貸については、物件ごとの契約内容・利用実態・法令等をご確認ください。

なお、ほうきは売買対象に含みません。

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