ニンテンドーミュージアム(あの夏休みの日へタイムトラベル)前編

レトロゲーム

 

2026年8月11日、ニンテンドーミュージアムへ!

なんと、奇跡的にお盆休み真っただ中の11:00入場枠に当選しました。

そりゃ、行くに決まっている。

 

僕が初めてファミコンを手にしたのは、1985年。

当時のファミコンは、とにかく超人気商品。
なかなか手に入らず、僕の周りにはまだ誰も持っている人がいませんでした。

だから、その存在を知ったのも「噂」から。

「なんか、凄いゲーム機があるらしい」

そんな感じでした。

田舎で暮らしていた僕は、近所の小さなおもちゃ屋さんでファミコンを予約。

本当に小さな個人経営のお店だったので、失礼ながら、

「本当にここにファミコンが入荷するんだろうか……?」

と、半信半疑だった記憶があります。

当時、ファミコン本体は14,800円

子どもにとっては、ものすごい大金です。

さらにゲームカセットまで一緒に買えば、合計で約20,000円。
それまで貯めていたお年玉などを、ほぼ全部投入することになります。

それでも、どうしてもやってみたかった。

テレビの中のキャラクターを、自分で動かしてみたかった。

そして予約してから、約半年――。

ある日、おもちゃ屋さんから連絡が入りました。

「ファミコン、入荷しましたよ」

ついに。

ついに、ファミコンが来た!

あの時のうれしさは、今でもなんとなく覚えています。

ちなみに、この時一緒に購入したゲームは『エキサイトバイク』でした。

レースをするのももちろん楽しかったのですが、僕がハマったのは自分でステージを作れる機能

ジャンプ台を置いたり、障害物を並べたり。

それこそ、死ぬほどステージを作ったのを覚えています。

今思えば、ゲームを「遊ぶ」だけではなく、
自分で何かを作る楽しさを初めて知ったゲームだったのかもしれません。

こうして1985年。

僕の長い長い「ファミコン人生」がスタートすることになりました。

そして、それから41年。

まさか2026年になって、その歴史を振り返るためにニンテンドーミュージアムへ向かう日が来るとは。

人生、なかなか面白いものです。

【任天堂公式 ファミコン年表】

ここで、ファミコン世代にとっておきのウェブサイトをご紹介!

任天堂公式の「ファミコン年表」です。

歴代のファミコンソフトを年代ごとに振り返ることができて、眺めているだけでもかなり楽しい。

「あった、あった!」
「これ、めちゃくちゃ遊んだ!」

なんて、記憶が一気によみがえります。

言ってみれば、いつでも見られる小さなニンテンドーミュージアムみたいなサイト。

ファミコン世代の方は、かなり時間を持っていかれると思います(笑)

【任天堂公式 ファミコン年表】
https://www.nintendo.com/jp/famicom/history/index.html

体験展示

館内に入ると、

「体験展示のコーナーを先にプレイしたほうが、今なら比較的空いていて早く回れます」

というアナウンスが。

それなら先に遊ぶしかない。

ということで、展示を見る前にいきなり体験コーナーへ!

県外で学生や社会人をしている子どもたちと、こうやって一緒に遊ぶのも久しぶりです。

今日はもう、遊びまくる!

最初に挑戦したのが、

『ビッグコントローラー』

巨大なファミコンのコントローラーを、二人で協力して操作します。

子どもたちは『スーパーマリオブラザーズ』の1-2まで順調にクリア

さすがです。

そして僕はというと――。

まさかの1-1をクリアできないという失態。

いやいや。

何回マリオやったよ?

という話です。

ファミコン世代として、これはかなり恥ずかしい。

しかも嫁と二人で挑戦したのですが、

とにかく呼吸が合わない。

僕が「右!」と思った瞬間に違うボタンが押され、ジャンプしたいところでジャンプできず、見事にマリオが落ちていく。

長年夫婦をやってきましたが、巨大コントローラーの前では、どうやら阿吽の呼吸とはいかなかったようです。

一方その横では、子どもたちが普通にクリアしていく。

世代交代を、巨大なファミコンのコントローラーで思い知らされました。

Wiiもプレイ!

続いては、Wiiコントローラーへ。

これ、意外にも凄く面白いです。

正直、横で見ているだけだと「そんなにかな?」という感じなのですが、実際にプレイしてみると予想外に面白い!

体を使って遊ぶWiiらしさもあって、思った以上に盛り上がります。

まずは子どもチーム。

80点!

やりおる……。

そして、私&嫁チームも挑戦!

結果は――

74点。

勝てない……。

わずか6点差ですが、この6点が遠い。

またしても子どもたちに完敗。

こういうところで、ゲーム世代の差をしっかり見せつけられます(笑)

でも、家族でワイワイ遊ぶ感じは、まさにWiiそのもの。

やっぱり任天堂のゲームは、みんなで遊ぶと面白い。

歴代ハード&コントローラー

このミュージアム、メインの展示室は写真撮影不可です。

しかし、体験ブースは撮影OK!

歴代ゲームハードが飾ってあったので、そちらを撮影してきました。

北米版ファミコン、NES(Nintendo Entertainment System)+Zapper

ファミリーコンピュータ+光線銃

任天堂のゲームを語るうえで、コントローラーはまさにゲームプレイの原点にして原石だと思います。

画面がどれだけ進化しても、最終的にゲームと人をつないでいるのはコントローラー。

ボタンの配置、握りやすさ、スティックの感触。

コントローラーがゲーム体験に与える影響は、本当に大きい。

展示は、1981年のアーケード版『ドンキーコング』のコントローラーからスタート。

ここから任天堂がどのように「遊び方」そのものを進化させてきたのか。

歴代コントローラーを眺めているだけでも、その歴史が伝わってきます。

しぐれでんSP(スマホを使った百人一首)

花札から始まった任天堂

任天堂といえば、今では「ゲーム機メーカー」というイメージですが、もともとは花札などを扱うカードゲームメーカー。

館内には、その歴史を感じられる超・超・超レアな花札や百人一首も展示されています。

ここは、ファミコン以前の任天堂を知ることができる、かなり面白いコーナー。

そして時代は流れ――
今や「任天堂のカード」といえば……

ポケモンカード!?

花札からポケモンカードへ。

形は変わっても、「遊びを生み出す会社」という部分は、ずっとつながっているんですね。

なんと、こんなおもちゃまで作っていた!

なんと、こんな物まで作っていたのか!!

任天堂は1960年代から、おもちゃ作りにも本格的に進出。

その代表作のひとつが、こちらの「ウルトラハンド」

手元のグリップを動かすと、アームがビヨ~ンと伸びて物をつかめるという、なんとも昭和らしいアイデア商品です。

今の任天堂からはちょっと想像できませんが、こうした「触って楽しい」「動かして面白い」という発想は、現在のゲーム作りにも通じている気がします。

花札から、おもちゃへ。そしてゲームの世界へ――。

任天堂の歴史、知れば知るほど面白いです。

そして、いよいよミュージアム展示室へ!

こちらは残念ながら撮影禁止ということで、写真はありません。

しかし――

とにかく、すごい。宝の山です。

ファミコン、スーパーファミコンといった歴代ハードはもちろんですが、個人的に心を撃ち抜かれたのが……

500円で書き換えた! ディスクライター

ディスクシステムの「ディスクライター」と「ディスクファックス」!

うわぁぁぁ、これ!!!

昔、ディスクを持って500円でゲームを書き換えに行った!

そして、青いディスクを使ってプレイデータを送信できたディスクファックス

この実物を目の前にした瞬間、記憶が一気に1980年代へ戻りました。

任天堂は、こんな未来まで考えていた

「任天堂、こんな物まで作っていたの!?」

そんなものが次々に登場します。

馬券を購入するためのシステムや、BS放送を利用してゲームなどを配信していたサテラビュー

今で言えば、オンライン配信やサブスクリプションにつながるような発想を、ずっと昔から試していたわけです。

成功したものだけではなく、

「こんな未来が来るんじゃないか?」

と、任天堂が試行錯誤してきた痕跡まで残されている。

ここが本当に面白い。

懐かしすぎる! バーチャルボーイ

そして、個人的にもう一つ強烈だったのが――

バーチャルボーイ!!

これも懐かしすぎる!

僕自身、実際に所有していたハードです。

赤と黒の独特な画面。

本体を覗き込んで遊ぶ、あのちょっと不思議なスタイル。

そして何より、画面が立体に見える3D表現。

なんとミュージアムでは、展示を見るだけではなく、あの立体視を実際に体験することもできました。

覗き込んだ瞬間、

「うわぁぁぁ、これこれ!!」

一気に当時へタイムスリップ。

今ではVRや立体映像も珍しくありませんが、あの時代に家庭用ゲーム機で3D表現へ挑戦していたことを考えると、改めて凄いハードだったんだと思います。

決して大ヒットしたハードではありません。

でも、こういう「ちょっと未来を先取りしすぎた任天堂」までちゃんと展示されているのが嬉しい。

しかも、自分が実際に持っていたハードですからね。

懐かしすぎてヤバい。

展示物を見ているというより、昔の自分に再会しているような感覚になってきます。

世界のNintendoを作った『ドンキーコング』

そして、この展示室でさらに僕を驚かせたのが――

アーケードゲームの筐体まで展示されている!!

その中に……

ドンキーコング!!!

これはもう、反則です。

1981年に登場し、任天堂が世界へ飛び出していく大きなきっかけとなった作品。

そして、後のマリオへと続いていく原点ともいえるゲームです。

そのアーケード筐体が、目の前にある。

しかも『ドンキーコング』には、その後の任天堂を語るうえで外せない有名なドラマがあります。

大ヒットした『ドンキーコング』に対し、映画『キングコング』に関する権利を主張したユニバーサルが任天堂を提訴。

この裁判で任天堂側を支えた弁護士の一人が、ジョン・カービィでした。

裁判は任天堂側の勝訴。

そして後に誕生するキャラクター「カービィ」の名前も、ジョン・カービィにちなんだものと伝えられています。

ドンキーコングをめぐって法廷で争った任天堂とユニバーサル。

ところが数十年後――

今では両社が手を組み、テーマパークにSUPER NINTENDO WORLDを作っている。

そして、そこにはなんと……

ドンキーコングの世界まである!!

かつてドンキーコングを巡って法廷で争った二社が、今では一緒にドンキーコングの世界を作っている。

なんですか、この映画みたいな展開は。

目の前にある一台の古いドンキーコングの筐体。

でも、その後ろには任天堂の世界進出、裁判、勝利、そして現在のユニバーサルとのパートナーシップまで、何十年もの物語が続いている。

そう考えると……

もう、完全にウルウルです。

あの夏休みの日へ、タイムトラベル

ディスクライターを見れば、500円を握って書き換えに行った頃を思い出す。

ディスクファックスを見れば、青いディスクにワクワクした頃を思い出す。

バーチャルボーイを覗けば、自分の部屋で遊んでいた頃を思い出す。

そしてドンキーコングを見れば、任天堂そのものの歴史に圧倒される。

花札から始まり、おもちゃを作り、アーケードゲームを作り、家庭用ゲーム機を作り、3Dに挑戦し、通信に挑戦し、世界中の人が遊ぶゲームを作ってきた任天堂。

そして今、その任天堂のゲーム機と一緒に育ってきた子どもたちと、巨大なコントローラーを握って遊んでいる。

1985年、ファミコンが届くのを半年待っていた自分には、こんな未来は想像できなかったでしょう。

ミュージアムを見ているはずなのに、気が付けば――

自分がゲームと一緒に過ごしてきた人生まで、展示されているような気持ちになりました。

そして、子どもたちにとっても、Wii、Wii U、Nintendo Switch、Nintendo Switch 2と続いてきた任天堂のゲーム機は、きっと自分たちの思い出の一部。

僕にとってのファミコンがそうだったように、彼らにもまた、それぞれの「任天堂の記憶」があるんだと思います。

親子で見ている景色は同じ。でも、そこから思い出している時代は少しずつ違う。

そんなことまで感じさせてくれる、ニンテンドーミュージアムでした。

【ニンテンドーミュージアム公式WEBサイト】
https://museum.nintendo.com/

後編は、ランチ&ショッピング編へ続きます!)

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