お天気雨の時は100%思い出してしまう映画、黒沢明監督作品「夢」


今日、私の暮らす街。
末広でお天気雨が降りました。

アスファルトを濡らしていく雨粒。

もう、すぐ咲くであろうプランターにも雨粒。
太陽はすっかり出ていますが、しとしとと雨が降っています。

ちょっと温かくなった3月の天気雨。
不思議ですが、妙に嬉しかったり変な感じです。

レニピ様(rainy people)より引用

いまさら聞けない天気雨の原理

日が出ているのになぜ雨が降っているのか。
この雨はどこから来たのだろうか、と思うのは誰もが抱く「天気雨」についての素朴な疑問だ。

天気雨が降るのには、主に3つの理由がある。
1つ目の理由は、雨を降らせた雲がすぐに消えてしまうというもの。雲の中で雨が作られてから、その水滴が地上に到達するまでには、かなりの時間差がある。なので、人が雨に気が付いて、ふと空を見ると、もう雲が流されて、上空からなくなっている。

2つ目は、雨が流されたために起こるというもの。遠く離れた場所の上空で作られた雨粒が、強風で大きく流されて、別の場所で地上に降り注ぎ、そこがたまたま晴れていたという状況だ。

3つ目は、比較的小規模の雲が雨をふらせるというもの。これは、空のごく一部を占める部分にある雨雲が雨を作り、そこから降り注ぐという状況だ。雲が小さいので、空全体としては、晴れている。天気雨には、大まかにこの3つのケースが当てはまる。

今日の天気雨を、単なる自然現象でかたずけちゃうのは余りに勿体ないので記事を書いています。

私がこんな時に真っ先に思い浮かべるのは「キツネの嫁入り」。
それは、黒沢明のオムニバス映画「夢」の「日照り雨」とうエピソードを観た事によるものです。

お話の内容は、日照り雨(天気雨)に出くわした子供が偶然キツネの嫁入りに遭遇します。
そして、こっそりと嫁入り行列の一部始終を見てしまいます。
恐ろしくなり、自宅に逃げ帰ると母は門を閉ざし短刀を渡し「キツネが怒っている。自分で始末をつけてくるよう」にと告げ、引っ込んでしまいます。

この映画に登場するキツネの嫁入りのシーンが脳裏から離れないのです。
緊張感と静寂。
張り詰めた糸の上を進むような一連の隙の無いキツネ達の所作。

最後は、死を覚悟してケジメを付けなけばならない怖さ。

この映画を見て以降、天気雨の度にあの不思議なキツネの嫁入りを思い出します。

ちなみにですが、このオムニバス作品。
全8話とも素晴らしい芸術作品に仕上がっています。
未視聴の方はぜひ、チェックしてみて下さい。

「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤冨士」「鬼哭」「水車のある村」

キツネの嫁入りは世界的に見てもキツネの嫁入り

「天気雨」というのは、晴れている(天気)のに雨が降るため、そう呼ばれるようになった。他には日照雨(ひでりあめ)と呼ばれることもある。ちなみに一つの傾向として、太陽光が雨に反射しやすいために、雲に覆われた空から雨が降る場合よりも虹が出現する確率が高い。

天気雨という不思議な現象は、日本では昔から「狐の嫁入り」と言い伝えられてきた。このように呼ばれるのは、雨が降っているのに晴れているという現実ではありえないような天候が、あたかも狐に化かされている様なため、こう呼ばれる。
古くから民話にも多く登場するように、狐は利口で、魔力のような力があると信じられてきた。人間を化かして嫁いでいくと伝承されており、その際に嘘で取り繕っているために天気雨が降るのだ。

日本では、宝暦時代(1751年から1764年)には既に「狐の嫁入り」についての記述が残されているが、興味深いのは、遠く離れた欧州、イタリア南部のカラブリアやサレント半島、そしてやイギリス南西部でも日本と同様に、天気雨のことを「狐の結婚」として例える。

この不思議な雨の降り方は、ドンピシャで「狐の嫁入り」とまでは、いかないまでも動物の結婚と関連付けられた様々な言い伝えが世界各地にある。韓国では虎、ブルガリアは熊、アフリカでは猿など。トルコでは悪魔の結婚と表現する。

この記事を読んでいると、世界の何割かの出来事に天気が深く深く関わってると思えてきます。
天気は、私達の心に天気が大きな影響与えているから。

そう書いてみると、天気の子の雨雲を貫く太陽の光が脳裏を過ります。

(追記)
そんなブログを書いた10日後、、、、
黒澤明監督作のオブジェを発見しました!

徳島市の分譲マンション「アルファステイツ沖浜」2、3回行って気づきませんでしがた、、、

物件が決まって、部屋の入居前チェックの帰り道。
エントランスホールで何気なくネームプレートを見た時・・・・。

横に!?

夜はきっと目立ってると思いますが、、、、
お昼は紛れて気づかない。

いや、ごめんさなさい。
私の目が節穴すぎて気づけない、、、。

こんなに精巧なモニュメントがまさかのアルファステイツ沖浜に鎮座していたとは、、、折角なので、プレートのメッセージの一部を文字に起こしておきます。

~モニュメントへのメッセージ~

私の描いた映画の画コンテが世界的に反響を呼んでいるそうです。
その結果が今回の穴吹興産のモニュメントのデザインを私が考える起因になったのかと思っています。
これも私が映画と共に歩んできた賜と感謝しています。

奇しくも、私のイニシャルであるA・Kと穴吹興産のイニシャルも同一であった事
何か因縁めいたものを感じモニュメントのアイデアは一気に出ました。

(一部略)

私は、このモニュメントに「夢」と名付けました。いつ迄も、明日という未来に希望と勇気が湧くように。
そして、いつ迄も夢を見捨てぬように、そんな願いを込めてデザインしました。
皆さんも、どうかこのモニュメントを見る度に、夢と希望を持って共に生きる喜びを噛みしめて頂ければ幸いです。

1998年1月 Akira kurosawa

※同年の9月に監督は逝去。

2020年、令和の時代を生きる私達の心に、監督からの希望に満ち溢れたメッセージが強く強く勇気を与えてくれます。

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