僕らは何かを待っていた。岩井俊二監督 東京少年ビデオクリップより


先日、とあるビデオクリップがYouTubeにアップされていました。

それは、20年以上前に見てグサリと心に突き刺さっていたビデオクリップです。
そこに一編の誌が登場します。

楽曲の誌ではなく、ビデオクリップを撮影した監督が綴った誌。
これが、当時学生だった僕に凄く深く影響を与えました。

『MV東京少年 陽のあたる坂道で』(1991年2月21日)
監督:岩井俊二

 

劇中誌(岩井俊二)

僕らは見ていた。

僕らは聴いていた。

僕らは感じていた。

僕らはくすくす笑った。

僕らはくよくよ悩んだ。

僕らは自由だった。

でも自由だなんて

本気で感じた事なんてあったかな。

人の悪口も言った。

仲間をみんなでからかったりもした。

喧嘩だってよくやった。

たまには

心にとめておきたいような

かけがえのない日もあった。

なんにもない日もあった。

なんにもない日ばっかりだったかも知れない。

でも僕らはそんな日でも待っていた。

僕らは何かを待っていた。

 

どこにでもあるような、何の変哲もない鉄道からの景色を背景に、東京少年ボーカル笹野みちるのナレーションでこの詩が語られます。
凡庸な風景に上で淡々と寂し気に語られるこの詩が、当時学生だった僕の心を捕まえて放しませんでした。

軌跡を残しておきたいと思ったり、凄く大きな出来事に期待してみたり、そう特別な日に期待をしてまいます。
そして、特別だと思った日が振り返ってみれば、ごく普通の日だったり。
日常的と思っていた日が実が特別な日だった事が後に分かったりします。

そうやって進んでいく毎日に特別な日は無いと感じながらも、焦り何かを期待して進んでいく青春時代の刹那な時。
そういったものが感じられるこの詩が、いまでも心を捉えて放しません。

そして、後に「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」で岩井俊二監督の大大大ファンとなった私は、このMVが岩井監督作品だった事を知ったのは、ここ最近です。

素晴らしい映像作家は評価などでは無く、本能的に感じるものがあるという事を思い知らされました。

コロナ禍で、オリンピックも延期となり徳島では阿波おどりが開催されず、非日常が日常になってしまいましたが、、、
それでも僕達は何かを待っていて、新しい日常は続いてくんだなと思います。
なんだか、とりとめはありませんが、、、、

何かの軌跡を残し、何か特別な日を待つ日常。
そして、それが訪れても気づかないかもしれませんが、僕らは何かを待って進んでいくんだなって思います。

心にとめておいたい、とっておきの日が沢山ありますように!
MVは下の三角を押せば始まります🎵

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